大阪高等裁判所 平成元年(ネ)606号 判決 1990年9月27日
控訴人 丸五株式会社
右代表者代表取締役 赤城正
右訴訟代理人弁護士 岡村了一 前嶋繁雄 鈴木勝利 齋藤大
被控訴人 国
右代表者法務大臣 梶山静六
右指定代理人 井越登茂子 外三名
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 丸五木材株式会社が昭和五六年七月二一日控訴人に対してした金一億一六一一万三三六三円の弁済は、金六五〇四万五八〇〇円の範囲においてこれを取り消す。
2 控訴人は被控訴人に対し、金六五〇四万五八〇〇円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
3 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じ、これを一〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。
事実
第一申立て
一 控訴人
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
第二主張
当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示記載のとおりであるからこれを引用する。
一 控訴人の当審における主張
1 民法四二四条所定の詐害行為取消権により保全される債権者の債権は取消の対象となる詐害行為以前に成立していることを要する。この要件は、債務者の財産処分の自由のためにも、取引の安全を保護するためにも例外を認めるべきでない。本件の場合、右債権は法人税債権であるが、租税債権であることをもって特別扱いすべきではないし、その成立時期は事業年度終了時と法定されているところ、法が、右租税債権成立時期をその発生の基礎となる法律行為又は事実が存在するに至ったときとせず、特に法律で右時点と異なる時期に定めたことは、租税債権の担保をこの成立時期における債務者の資産に限る趣旨、すなわち、その時期までは法人がその資産の運用を自由に行えることを保証する趣旨である。従って、本件租税債権が、その成立以前の債務者の資産によって担保される理由はなく、仮にその必要があるというなら、特に法律によってその成立時期を譲渡時と定めるべきであり、そのような規定がないのに租税債権が譲渡時に成立したのと同じように取り扱うことは租税法律主義の基本原則に反し、憲法に違反することになる。
2 仮に、租税債権成立の基礎たる事実が発生し、その成立につき高度の蓋然性があるときには詐害行為が成立するとしても、右蓋然性があるといえるためには、ほとんど必然的に当該事業年度末には成立することが客観的に予測できる場合に限られるというべきであり、本件の場合には、租税特別措置法六五条の八第一項の適用を受けて新しい土地を取得する可能性があったのであり、その場合、同法六三条のいわゆる重課税債権は成立の基礎を失い、右租税債権が成立しない可能性があったのであるから、右高度の蓋然性があったとはいえない。すなわち、本件弁済を担当した控訴人従業員石谷勇らは、丸五木材が同年一一月二〇日に解散されるとは思っておらず、丸五木材は、ある程度債務を整理して営業を再開する可能性をなお保持しており、新しい土地を取得する資金の調達も可能な状態であった。その後、同年九月一日になって控訴人の株主が交替し、かつ控訴人の経営首脳陣が一新されたことにともない経営の方針が変更され、その子会社である丸五木材の経営方針も大きな影響を受けざるをえない状況となったのであるが、右控訴人の新経営首脳陣が、本件租税債権につきこれをやがて支払わなければならなくなると認識していたならば、資金の流出を防ぐためにも丸五木材が新しい土地を取得してこれを有効に利用する蓋然性は十分にあった。新経営首脳陣がたまたま本件租税債権を控訴人において支払うこととなるとの認識を持たなかったこともあって、丸五木材はその後同年一一月二〇日に解散されることになったが、以上から、本件租税債権が同年一一月二〇日に成立する高度の蓋然性はなかったといわざるをえない。従って、本件租税債権は本件弁済行為を取り消すための被保全権利とはなりえない。
3 控訴人には、本件弁済時、詐害意思がなかったが、そのことは次の事実から明らかである。
控訴人は本件弁済当時一時経営危機にあって当座をしのぎ乗り切る必要に迫られていたため、本件租税債権を害することになると考える余裕もなく本件弁済を受けたのであって、また、本件租税債権の課税所得である土地譲渡益につき原価の計算に錯覚があって損金が出ると思っていたこともあり、法人税債権が成立するのは翌年の五月一〇日という相当先のことでもあったから、法人税はあっても大した額にはならないと考えていたもので、控訴人には詐害の認識はなかった。
控訴人においては、本件弁済の日である昭和五六年七月二一日より後の同年九月一六日、この日まで控訴人の大株主として控訴人の経営責任を負ってきた代表取締役大川正美、同南光男、同小倉敏孝の三人が、その保有する控訴人の株式を譲渡して全員が代表取締役を辞任した際(大川正美は取締役も辞任した)、控訴人に対し昭和五六年九月一日以前において万一控訴人の帳簿に記載されていない債務が存在したときは控訴人に代わってその債務を負担すると約束したが、同人ら三人が本件弁済が詐害行為になると知っていたなら右のような負担約束などしなかったはずであり、従って、控訴人は本件債務の弁済が詐害行為となることは知らなかったといわざるを得ない。
4 詐害行為取消権は債権者が取消の原因を知ったときから二年間行使しないときは時効消滅するところ、取消の原因を知るとは債務者の詐害の意思を知るか又はこれを知ることができる客観的状況にあったことであり、債権者が債務者の詐害の意思を知っていたかどうかは、債務者の内心を推定するに足りる事実を知っていることをもって足りるというべきであり、右事実は、債権者がその全部を知っていなくても、知り得た事実によって詐害行為を疑い、その余の事実については容易にこれを覚知しうる客観的状況にあった場合には、この状況が成立した時点から詐害行為取消権の時効期間は進行を開始する。
そこで、詐害行為を覚知するために必要とされる主たる証拠が既に収集されて詐害行為であることの疑いがかなりの程度のものとなり、後はこの疑いを確認するための証拠収集を行なえばよく、その証拠収集も容易に行なうことができる状況に至ったなら、特に被保全権利を租税債権とする詐害行為取消権については、この時点において右権利の行使を期待しうる状況は存在するに至ったといえ、詐害行為取消権の消滅時効がこの時点から進行を開始することに何の不都合もない。
控訴人は原審において主張の、昭和五六年一一月二六日、昭和五七年一月二〇日及び同年五月一〇日を各起算日とする消滅時効に加え、更に予備的に、同月一六日を起算日とする消滅時効を援用する。被控訴人は同日には遅くとも取消原因を覚知し、これを知り得る客観的状況にあったから、昭和五九年五月一六日の経過によって本件取消権は時効消滅したものである。すなわち、大阪国税局の担当官は、昭和五七年三月中旬ころ同局が尼崎税務署から本件を引き継ぐことによって既にこの時点で詐害行為取消の原因に関する基本的事項をすべて覚知し又はこれを知りうる客観的状況にあった。そして、大阪国税局の担当官は、右客観的状況に基づいて本件詐害行為取消の原因を知り、同月二一日に控訴人の従業員石谷を呼びつけて本件租税債権の支払を迫った。同月一七日から同月二一日の間のわずかな間に大阪国税局担当官がなんらかの重要な新資料を取得したことは有り得ないから、被控訴人が遅くとも同月一六日には遅くとも取消原因を覚知し、これを知り得る客観的状況にあったというべきであり、昭和五九年五月一六日の経過によって時効消滅した。
5 被控訴人は、その金員請求に昭和五九年五月二四日以降の遅延損害金を請求するが、詐害行為取消による支払義務が生じるのは右取消の判決が確定したときであり、それ以前に遅滞に陥るものではない。従って、控訴人に遅延損害金の支払義務が生じるとしても、それは判決確定のとき以降である。詐害行為取消権は必ず訴えによって行使することを要するのであって、抗弁の方法でも行使できる否認権の場合とは同列には論じられない。
二 右主張に対する被控訴人の認否
1 控訴人の各主張については争う。
2 被控訴人が遅くとも昭和五七年五月一六日には遅くとも取消原因を覚知し、これを知り得る客観的状況にあったとの事実は否認する。ただし、大阪国税局徴収担当職員が同月二一日控訴人従業員石谷に面接して控訴人に対し本件租税債権の納付を勧奨したことはあるが、租税債権については、国税通則法四一条一項により第三者納付が認められており、子会社が解散した場合に親会社に第三者納付を勧奨することは通常行われているところであるから、右勧奨した事実から、直ちに本件弁済についてその取消原因を覚知していたということはできない。
3 詐害行為取消権に基づく金銭返還債務は、責任財産から逸出した金銭又は財産の現状回復義務の性格を有するものであるから、受益者が受け取ったものが金銭である場合には、受益者はその金銭を受け取った日以降の損害金ないし利息を付して返還する義務があるというべきである。破産法上の否認権行使の場合にはその対象となる行為以降の附帯金請求を認めるのが判例上確定しており、否認権も詐害行為取消権と同様裁判上行使することを要する権利であるから、詐害行為取消権についてのみ取消の効果が判決確定によって初めて生じるものであるとの理由により判決確定前の附帯金の請求を否定することはできない。
第三証拠<省略>
理由
一 当裁判所は、被控訴人の本訴請求について、遅延損害金請求を一部除き、これを認容すべきものと判断するが、遅延損害金請求部分以外についての理由は、次に付加するほか、原判決の理由一四枚目表二行目冒頭から二四枚目裏一三行目末尾までと同じであるからこれを引用する(ただし、原判決一四枚目表一〇行目、一五枚目表九行目、一六枚目表一二行目、一九枚目表八行目、二〇枚目裏一二行目、二一枚目表一行目、同枚目表二、三行目、二二枚目裏九行目及び二三枚目裏九行目の各「証人」を、いずれも「原審証人」と改める。)。
1 控訴人は、民法四二四条所定の詐害行為取消権の行使によって保全されるべき債権者の債権は取消の対象となる詐害行為以前に成立していることを要すると主張する。しかしながら、右詐害行為当時既に右債権成立の基礎たる事実が発生し、近い将来においてその成立が高度の蓋然性をもって見込まれる場合、その見込みのとおりに債権が成立したときは、右債権は詐害行為の被保全債権となるというべきである。債権の成立が近い将来高度の蓋然性をもって見込まれる場合、その発生を見越して、これを害する行為がされることはありえないではなく、このような場合にも債権者のために責任財産を保全する必要があるからである。控訴人は、法人税債権の場合、法がその成立時期をその発生の基礎となる法律行為又は事実が生じたときとせず、事業年度終了時と定めたのは、租税債権の担保をこの成立時期における債務者の資産に限る趣旨であり、その時期までは法人がその資産の運用を自由に行なえることを保障する趣旨であると主張するのであるが、法が法人税の成立時期を事業年度終了時としたのが、右主張のようにその時期までは法人がその資産の運用を自由に行なえることを保障する趣旨であるということはできない。
2 次に、控訴人は、本件租税債権は、本件弁済時には、これが成立する高度の蓋然性はなかったと主張するのであるが、引用の原判決理由説示(一五枚目表一〇行目から同裏六行目)のとおり、丸五木材は、赤字経営のため、昭和五二年末ころにはその事業を廃止し、その後は負債を整理のうえ会社を清算する方針のもとに本件土地等の買手を探していたところ、ようやくキツツバルブインターナショナル株式会社がその買手として登場したため、昭和五六年七月一〇日同社に対して本件土地等を売却したものであって、その売却代金は負債整理にあてることを予定していたもので、これをもって新しい土地を取得することは全く予定していなかったと認められるところ、これによれば事業年度の終了とともに本件租税債権が成立する高度の蓋然性があったということができる。控訴人は、丸五木材が、資金の調達も可能であり、営業を再開する可能性をなお保持しており、控訴人の経営首脳陣が、本件租税債権につきこれをやがて支払わなければならなくなると認識していたならば、資金の流出を防ぐためにも丸五木材が新しい土地を取得してこれを有効に利用する蓋然性は十分にあったというのであるが、確かに丸五木材が新しい土地を取得する可能性は抽象的には存在したといえるものの、前記引用の原判決理由説示のとおり、丸五木材には従業員もおらず、全く資産もなく、何の営業もしていなかったのであって、これらからすれば右抽象的な可能性があるからといって、右高度の蓋然性を否定することはできない。そうであれば、本件租税債権をもって詐害行為取消権によって保全されるべき債権者の債権といってよい。
3 控訴人は詐害意思がなかったと主張するが、原審証人石谷勇の証言によれば、本件弁済について丸五木材及び控訴人から授権された控訴人の従業員石谷は、本件土地を売却したことにより土地重課による法人税が課税されることについて、その税額は大したものでないと考えたものの、これを承知していたのであって、それにもかかわらず、その売却代金全額を控訴人ほかに対する弁済にあて、丸五木材の資産を全く失わしめたことを認めることができ、これによれば、控訴人には詐害の意思があったというべきである。丸五木材が清算したことによって事業年度の終期が早まったこと、また、その前取締役が控訴人に対し昭和五六年九月一日以前において万一控訴人の帳簿に記載されていない債務が存在したときは控訴人に代わってその債務を負担すると約束したこと、控訴人の主張のその他の事実を考慮しても、右認定を左右するものではない。
4 控訴人は、詐害行為取消権が時効によって消滅した旨主張するので検討するに、時効の起算点たる取消の原因を覚知したといいうるためには、債権者が詐害の客観的事実を知っただけでは足りず、債務者に詐害の意思のあることをも知ったことを要するところ、昭和五七年五月一〇日までに被控訴人の担当官がこれを知ったと認めるに足りる証拠がないことは、引用の原判決の理由説示(二〇枚目裏七行目冒頭から二四枚目裏六行目末尾まで)のとおりであるし(なお、<証拠>によれば、昭和五六年一一月二七日に小松が尼崎税務署と連絡をとって、その応対から特別な詐害行為がなければ税金を払わなくてもよさそうであるとの認識を持ち、これを控訴人に伝えたことが認められるが、その認識の「特別な詐害行為」という言葉自体曖昧かつ不明瞭であり、尼崎税務署の担当官が本件弁済の事実関係の詳細を知って発言した言葉とは考えられず、証拠を併せ考慮すれば、右事実があるからといって被控訴人の税務担当官が控訴人に対する本件弁済を詐害行為にあたると覚知したと認めることはできない。)、<証拠>によれば、北川は昭和五七年四月ころから予備調査に着手し、丸五木材の商業登記簿謄本の請求等をしたが、右謄本を取得した段階で、控訴人が丸五木材の株式を一〇〇パーセント有する親会社であること、丸五木材について清算結了の登記がされていることを知ったものの、控訴人の商業登記簿謄本の請求はしておらず、丸五木材に従業員が全くいないことや、丸五木材の代表取締役及び取締役を控訴人の代表取締役及び取締役が兼ねていることは知らなかったし、同年五月二一日石谷を呼び出し、丸五木材と控訴人の関連等の説明を受けてこのとき詐害の意思があったとの疑いを有したことを認めることができるが、これによれば、北川が控訴人に詐害の意思があると知ったのは同日以降である、すなわち、同人が詐害行為取消権の取消原因を覚知したのは同日以降であるというべきであり、そうであれば、被控訴人が同月一六日までに詐害行為取消権の取消原因を知ったということはできないから、控訴人の時効の主張はいずれも失当というべきである。
二 被控訴人は、本件詐害行為取消による返還債権について、詐害行為後の昭和五九年五月二四日から支払すみまでの遅延損害金を請求するが、詐害行為取消権は訴えによってのみ行使できるものであり、債権者の受益者に対する債権は判決の確定によって確定的に発生するものであって、右確定前に右債権が遅滞に陥るとはいえないところである。そうであれば、右債権に対する遅延損害金の起算日は本判決確定の日の翌日というべきである。被控訴人は、詐害行為取消権に基づく金銭返還義務は原状回復義務であるから受益者たる控訴人はその受領の日から利息を付して返還すべき義務があると主張するが、詐害行為取消権は、債権者がその被保全債権を回収するのに資する制度であって、特段の保全の必要性がないかぎり、被保全債権の範囲を超えて支払請求できるものではなく、本件では右特段の必要性の主張立証はない。そうであれば、仮に受益者は返還債務に利息を付すべき義務があるとしても、被控訴人は遅延損害金以外に利息を請求することはできないというべきである。
三 以上によれば、被控訴人の本訴請求は、丸五木材株式会社が昭和五六年七月二一日控訴人に対してした弁済につき、金六五〇四万五八〇〇円の範囲の取消、控訴人に対し、金六五〇四万五八〇〇円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は棄却すべきであるので、これと異なる原判決を、右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柳澤千昭 裁判官 東孝行 裁判官 松本哲泓)